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認知症の薬、治療薬の副作用対処法

認知症に困っている方は改善を期待して薬を飲んでいます。認知症の治療薬にはアリセプト、メマリー、レミニールなどがあります。効果もありますが反面副作用もあります。嘔吐や歩き方が悪くなったり、怒ったりする副作用があり、その対処法を解説するサイト。

大変困った!認知症の祖母の暴力行為、こんな経験ありますか?

認知症の薬の副作用 認知症介護の体験談

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最終的には老衰で94歳で亡くなった祖母の話です。 祖母が認知症で暴力的になってしまった。 その時の体験は本当に衝撃であり、大変の一言でした。

私の認知症介護で本当に困った体験談です。

(一部誤字脱字など読みやくす修正しておりますが、ストリーは改変しておりません。)

94歳で亡くなった祖母の認知症状とは?

現在私は45歳で、持病のために現在は、実家の両親と主人と12歳の娘の5人で暮らしています。

 

祖母が認知症を「発症したのは私の結婚後でした。結婚式前から暴言を吐くようになっており、結婚式に祖母を参加させるか両親と話をして、結局は参加してもらいました。

 

その時は、祖母のいとこにあたる人も招待していたので、落ち着いていました。その後、私は実家を離れ、主人との二人暮らしになりました。

 

ある日、実家の近所の銀行の口座の手続きで里帰りをした時に、祖母が帯状疱疹になったと聞いていたので、実家に行くと、母が何だかぐったりしていて、何かあったのかと心配しましたが、母は何も話してはくれませんでした。

父は、その時定年退職後も再雇用で家を空けている機会が多く、母が祖母の面倒を見ていました。そして数日後、長期戦に父から連絡があって、「しばらく実家に帰ってきてくれ」と連絡をもらいました。

主人に連絡をして、慌てて帰ると、祖母が大暴れをして、物を壊して、自分の汚物を、壁や母に投げつけたり、塗りたくったりして、母がぐったりしている理由がわかりました。

とにかく、私は力があったので、祖母を捕まえて、「ちょっと落ち着こう!」と部屋に戻して、母と二人で部屋にある危険物を隠して、兄にも連絡をし、近くの病院へ連れて行きました。

かかりつけ医でしたので、すぐに診てもらえましたが、「これは認知症だわ。すぐに病院調べるわ」と最寄りの専門病院を探してもらいました。

その間に兄も来てくれて、ちょうど兄の友人のお兄様が最寄りの認知症専門病院で、専門医をしているとのことで、かかりつけ医に紹介状を書いてもらって、至急受信可能かの確認もして頂き、みんなで病院に連れて行きました。

病院を受診してからの日々

病院に入院してからの日々すぐに病院の玄関で待機していてくれたので、看護師さん複数で押さえながら診察室に入り、すぐに認知症テストやMRI撮影とCTも撮影しました。

すぐに結果は出て、暴力型の認知症で、かなり暴れ具合がひどいので、入院が必要と判断されました。あまりに暴力行為がひどいため、即個別でも特別個室に入れる処置をするということになりました。
特別個室というのは、特殊な服を着せて、独房のような病室に入れて、暴力を抑える薬を投与して、治れば一般でも監視のある病棟に移すと説明を受けました。

暴力を伴う認知症なので、介護という事は、我々にはできず、専門の看護師さんにお任せするしかありませんでした。

父が頭を痛め困った事は、成人後見人制度の手続きをしなければ、継続入院ができないこと。

暴力性を抑える薬が投与されていたのですが、入院にかかる薬代が高くてきつかったということ。

そして暴力行為がひどかったためいつ何時呼び出されるかもしれないので、せっかく重役昇進の話も断って退社しなければいけなかったことです。

しかし、運がいいというのはいけないのですが、国が難病指定をしている「パーキンソン病」の症状も見つかったことから、経済的な負担は減りました。

同時に攻撃性がなくなったので、監視付きの専門病棟に移りました。この時ほど薬の効果に感謝しました。祖母の場合には暴力行為があまりひどかったので薬でのコントロールが必要でした。

 

この時は副作用がでてもほんとうにしょうがないと思えるほどでした。

ただ祖母の場合には、あまり症状がひどかったため我々が介護をする必要はありませんでした。

時々、パジャマや下着やシャンプーなどのストックを見に、家族で交代で行きました。薬のおかけで暴力症状はなくなりました。でも入院して症状を抑える薬を飲み始めてからはどんどん家族の記憶が消えていってしまったのです。 

 

娘が生まれて1歳の時は、ひ孫が来たことをあんなに喜んでいましたのですが、その次の週に行くと「あんた、誰?」と言われて、ショックでした。

 

娘や私の主人、兄や家族全員、そして母をどんどん忘れていきました。

何とか息子である父は最期まで忘れたり思い出したりの繰り返しで、最後は自分の思春時代までに記憶が逆行している事もわかりました。その話に付き合わないとひどく怒ってくるので、何とか話を合わせるのに苦労しました。

 

入院してからは薬で暴力行為はなくなったのですが活気はだんだんなくなり、結局は老衰で食欲もなくなり突然亡くなってしまいました。

祖母が亡くなったことはほんとうに悲しかったのですが、ただ発症した時のことは、本当に家族全員が今でもトラウマになっています。

ちょっとした家族の認知症状に気がついたならすぐに病院を受診して早くから治療してもらうことが重要だと痛感させられました。